今日も卒業式

前のクラスの卒業式から1ヶ月半。
この間に、企業研修が1回、お祭りが1回、VJイベントが1回、寄稿した雑誌の販売が1冊、オペラ舞台が1回、MVの販売開始が1つ、ラジオ放送が9回、納品した映像が…数え切れず。
たった48日間の間に、いったい何が起きているというんだ。
そして、この48日間の間に「初めまして」で知り合った方が、もう30人近く卒業。
この速度感。この疾走感。あっという間に僕は老衰してしまうに違いない。

そして今日もまた卒業式で。
何が起きているのかわからない中で、この1ヶ月、僕も何をしゃべっていたのかわからない。
でも、みんなニコニコして、素晴らしい作品を見せてくれた。
それで良いのです。僕が伝えたことなんてなんにもない。
Premiereの使い方、撮影の技法という名目の中で「僕の知る、美しい世界の眺め方」を少しは伝えられたかな、とだけは思っているけどね。
ただ素敵な場所が用意されて、僕は珍獣のように愛でられていただけで。
そう、4年前と何も変わらない。これがBYNDなのだ。

本当に、ありがとう。良い夢を見させてもらっています。

オペラ舞台!

これでもお芝居したのよ。歌ったのよ。
45歳にして初めて。

この世は昔から今日まで、ずっと変わらず劇と歌とワインと恋だ。
あ、もちろん「祭り」もお忘れなく。

昨日の役割、今日の役割。
神出鬼没の変態紳士は今日も西に東に変幻自在です。

6月9日
イ・カントーリ本公演「メリーウィドウ」。
撮影・家田記行

 

 

大同窓会

今日は4年間初。BYNDの大同窓会。

前プロジェクト(スクール)が2015年春から開始して、2015年秋には「BYND」として発足。僕の独立後の主業の一つといっても過言ではない。

「山本くん、学校やらない?」
全ては、退職時の有給期間にL.A.に行き、そのお土産を持って昔の上司に挨拶に伺ったことから全てが始まった。

開始当初は入学者が一人しかおらず「どうする、やめる?」「まだAEの時代じゃないのかなあ」なんて話してたのも今は昔。
それでも「やろう」と決断した当時のボス。

人前に立ったこともない僕がああでもないこうでもないと模索しながら、そして僕の弱点を物凄く有能なスーパーナビゲーター達に支えられながら、毎週毎週全く休みなく(それこと盆も正月も休みなく!)好き放題突っ走らせてもらえる場を与えてもらって。

気がつくと、卒業生は500人を超えていた。

卒業生有志が数人集まって、卒業生主導で開いた、はじめての同窓会。
100人近い卒業生が集まって、(当たり前だけど)そのどなたも僕の知った顔で。一ヶ月を共にした仲で。

こんなに嬉しいことがあるだろうか。こんなに幸せな会があるだろうか。

僕はただ、みんなにおもちゃの使い方を伝えただけだ。それなのに、こんなに慕ってくれるだなんて。そして、それを中和する様にバランスを取って僕を弄ってくれる気の置けない仲間も居て。(feat水野くん中村くん庄野さんその他諸々貴方のことですよ)

僕はこの4年、何を世の中に価値提供出来たのだろうか。
(そんな偉そうなこと考えて生きてるわけじゃないけれど、社会にいる上で、一応ね。)

一応、これだけの方が、BYNDともう一度接触してもらえる場所になっていると思えば…少しはみんなの人生に彩りを添えることは出来たのだろうか。

第1期のある卒業生が、卒業式に伝えてくれた言葉。
「僕は東京に地縁がありません。だから、三ヶ月だけの学校だったけれど、僕はここを(大学の様な)母校だと思ってます。大事にさせて下さいね。」

あれから四年、期待通りの場所になっているだろうか。

僕は企業の「ゴーイングコンサーン(未来永続)」という言葉は大嫌いだけど、経済活動を介しない、誰かが疲れた時、戻ってくる場所としてのスクールは、ずっと在り続けないといけないと思ってます。
それは、実家の学習塾を見てた時から感じていたことです。

最後に。
お父さん、貴方の学習塾から教わった教育者の生き方、その思いを僕なりに解釈した時に、僕はこの場所でこの様な花を付けました。ありがとう。
でも、まだまだ蕾だと思ってます。

まだまだ、咲き誇ります。ラフレシアの様に!踏んでも枯れても死なない多年草の様に!

 

今日は4年間初。BYNDの大同窓会。前プロジェクト(スクール)が2015年春から開始して、2015年秋には「BYND」として発足。僕の独立後の主業といっても過言ではない。 「山本くん、学校やらない?」全ては、退職時の有給期間にL.A.に行き、そのお土産を持って昔の上司に挨拶に伺ったことから全てが始まった。開始当初は入学者が一人しかおらず「どうする、やめる?」「まだAEの時代じゃないのかなあ」なんて話してたのも今は昔。それでも「やろう」と決断した当時のボス。人前に立ったこともない僕がああでもないこうでもないと模索しながら、そして僕の弱点を物凄く有能なスーパーナビゲーター達に支えられながら、毎週毎週全く休みなく(それこと盆も正月も休みなく!)好き放題突っ走らせてもらえる場を与えてもらって。気がつくと、卒業生は500人を超えていた。卒業生有志が数人集まって、卒業生主導で開いた、はじめての同窓会。100人近い卒業生が集まって、(当たり前だけど)そのどなたも僕の知った顔で。一ヶ月を共にした仲で。こんなに嬉しいことがあるだろうか。こんなに幸せな会があるだろうか。僕はただ、みんなにおもちゃの使い方を伝えただけだ。それなのに、こんなに慕ってくれるだなんて。そして、それを中和する様にバランスを取って僕を弄ってくれる気の置けない仲間も居て。(feat水野くん中村くん庄野さんその他諸々貴方のことですよ)僕はこの4年、何を世の中に価値提供出来たのだろうか。(そんな偉そうなこと考えて生きてるわけじゃないけれど、社会にいる上で、一応ね。) 一応、これだけの方が、BYNDともう一度接触してもらえる場所になっていると思えば…少しはみんなの人生に彩りを添えることは出来たのだろうか。第1期のある卒業生が、卒業式に伝えてくれた言葉。「僕は東京に地縁がありません。だから、三ヶ月だけの学校だったけれど、僕はここを(大学の様な)母校だと思ってます。大事にさせて下さいね。」 あれから四年、期待通りの場所になっているだろうか。僕は企業の「ゴーイングコンサーン(未来永続)」という言葉は大嫌いだけど、経済活動を介しない、誰かが疲れた時、戻ってくる場所としてのスクールは、ずっと在り続けないといけないと思ってます。それは、実家の学習塾を見てた時から感じていたことです。最後に。お父さん、貴方の学習塾から教わった教育者の生き方、その思いを僕なりに解釈した時に、僕はこの場所でこの様な花を付けました。ありがとう。でも、まだまだ蕾だと思ってます。まだまだ、咲き誇ります。ラフレシアの様に!踏んでも枯れても死なない多年草の様に!