今日は多面体の日。
午前には経営者としての顔、。決算含め、今後の企業方針を自ら決断を下す覚悟を求められる。
午後イチにはモノづくり屋の顔。PremiereやAfterEffectsと戯れて、自分が生み出したものでクライアントの喜んでくれる顔を想像する。これもまた、至福のひと時。
午後の後半には卒業生の制作受注相談。講師の顔。こういう話に声をかけてくれること自体が有難い。何かお役に立てることがあれば本当に幸いなのです。
夜はイベント、ハッピープレビューにて、コメンテーター/フロントに立つ人の顔。最前列に座って一番よく喋る係。僕はいったい何をやっているんだ。
本当にこれだ。僕はあの映画がどうだこの酒がどうだと「人生の愉快事」を深く語ることでお駄賃をいただいている。時にはその語りに応じた映像コンテンツを作ったりもしている。あまりに愉快だ。
ふと、朝の顔に戻る。
「愉快ごとを語る僕の世間における価値」は果たしてどれだけのものだったのか。
僕が人並みの事務作業をする。お金さんは逃げる。
僕が愉快な話をする。お金さんが寄ってくる。
なりたくてなった仕事じゃない。みんなが喜んでお駄賃を投げてくれることが、これしかなかったのだ。
さあ、僕はどうする。
もっと愉快になれるのか。愉快なものを作れるのか。
愉快になることで、お金さん…すなわち取引先に価値を提供できるのか。
これしかできない、これだけを求められてきた僕の、覚悟を問われる。
覚悟を持って、人前に立つ。



