高田馬場とのご縁

あまりおおきくは語っていないけども、高田馬場に新たにご縁ができました。

高田馬場駅すぐに事務所を設け、我が青春の「サン・ふじ・西武」のすぐ隣にお仕事ができる環境を整えました。

(注:東中野スタジオは常設展示されております。僕が)

僕にとって高田馬場は大学郷愁の地であり、むしろこの土地から離れられずに今も生きていると言っても過言ではない。大学良いとこ落第はしたけれど。東京の合唱団に入り箱入娘と結婚し。四ツ谷にしろ東中野にしろ、僕はこの辺り「新宿区包囲網」の中で生活しているのだ。

僕はこれでも映像屋。映画は欠かさない。

会社員生活も神楽坂から始まっている。結局はこの辺りから人生の早春を迎えている。当時はまだまだ突貫小僧。出来ごころで入った映像業界です。

四ツ谷は歩いて10分でピカデリーがありバルト9があり。

東中野は言うまでもなくポレポレがあり。

高田馬場と言えば当然「早稲田松竹」である。

挨拶がわりに早稲田松竹に寄る。

偶然、今日の上映演目は「東京物語 / 小津安二郎」。

映像人として当たり前に見ている古典作品であり語り尽くしたものであり当然僕も十代のうちに学生仲間と小津論については侃々諤々議論を交わしたものだ。そういや大学の授業にも「黒澤明論」とか「ボブディラン研究」とかあったな。恵まれてた環境だったな。

いまさら構図について、演技について、小津美学について語る必要はない。

が…五十を超えて偶然見た「東京物語」。

そんな映画文法論ではない、人としての何かを改めて向き合わされました。

生きるって…そういうことなのか。

若き日に見た作品が、違う側面からのカウンターパンチで、圧倒的な説得力を持っていることに気が付かされる。

若い頃は表層でしか理解していなかった「人間」を、「生き様」を、原節子から、笠智衆から、見せつけられる。

名作とはこういうことか。

晩春を超えて、僕は秋刀魚やお茶漬けの味を改めて思い出しました。

事務所に戻って…まず真っ先にヴィムヴェンダースの「東京画」を見直しました。

そして笠智衆は格好いいな。

その立ち居振る舞いから祖父を思い出しました。

気がつくと、この時の笠智衆の年齢を僕は超えてしまったのか。生まれてはみたけれど。青春の夢いまいづこ。

さあお気づきの方。何作品入っていることでしょうか。

写真の説明はありません。

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