毎年恒例、グランドハイアットでの、セレブな方々によるクリスマスフェスタ。
ええもう場違いもいいところです。
というかそもそも撮影スタッフなので裏方なんですけどね。なんですけどね。
なぜ僕はブラックタイ(シルバータイ)をしてデヴィ夫人と共にステージに上がっているのだ。
我ながら自分でよく訳がわからなくなるのが、自分が「何のポジション」なのか自己渋滞(誤変換なし)を起こす部分なのだ。
毎年フェスタの上映映像を作らせていただき、気がつくと家族ぐるみで主催の方と親しくさせていただき、気がつくとラジオゲストに出ていただき、気がつくと協賛企業に彌榮を並べていただき…。
でも、いいのです。人様に喜んでもらえる、気に入っていただけるポジションこそが「その人(僕)の役割」であり、僕が「何になりたいか」は関係ないのです。
…そう。ふと「僕はもう一人の身じゃないんだな」という思いがよぎります。
「社会に捨てられたら死ねばいい」「作りたいもの作ってたらいい」「やりたいことやって好きに生きる」と言っていたし、そこの本筋は大きく曲げないのだけど…。
僕がメジャーなものを作ると、(それがどんな作品でも)喜んでくれる人がいる。
僕が「すごいひと(棒読み)」に見えるようになると(実態はどうあれ)、喜んでくれる人がいる。
僕がオシャマな舞台に立つと、喜んでくれる人がいる。
僕が出版記念パーティをすると、喜んでくれる人がいる。
僕が幸せそうにしていると、喜んでくれる人がいる。
…期待に応えるために、自分を曲げたりすることはないし、
期待に応えるために、疲れちゃったりする事はしないのだけど。
でも、みんなの期待に応えて、みんなが嬉しそうにしている姿を見るのは嬉しい。
僕にできることで、みんながハッピーになるといいな。
そのためには、僕が「こんなことやったよ!」と言って「俺の友達にこんな奴がいる!」と言ってもらえるような人間になることは「生きる上での必要条件」なんだな、と。
さあ、来週末も再来週末も、人前に立つよ!
(その間に作るよ!)
さあ僕は一体何者なんだろう。


