生きること芸事

高山松本京都と出張が立て続き仕事三昧でこの二週間を過ごしましたが、ようやくにして落ち着いて参りました。もちろんまだまだお仕事は残っておりますが、大きな山場は超え、落ち着いて仕事を進める段階に入って参りました。

とはいえ、3月は繁忙期。このタイミングで落ち着いているわけには参りません。もっともっと人様のお役に立っていかないといけません。

ので、絵を書いたりピアノを弾いたり小説を書いたり映画を見たりして過ごしています。

いや、待て。話せばわかる。話させてくれ。

考え方はこうだ。これまでと同じことをやっていても当然同じ結果しかやってこない。同じ方法論で違う結果を求めるのは狂人だとアインシュタインも言っておるではないか。

かといって経営学やストラテジーを学んできたことがあるわけでもない身、付け焼き刃でビズネスっぽいことをやっても一朝一夕に成果が出るわけもない。それはむしろビズネスに対する冒涜ではないかと。

となれば、変態紳士の僕ができる戦略は、膨大なインプットとクリエイティブトレーニング、及び面白おかしくアウトプットする準備を整えて、それをしっかり世に伝達して価値を生むことではないかと。最近仕事しかしてなかったから、仕事以外のことをしたら売上が上がるんじゃないかな、という狂った判断です。

一所懸命に芸事に取り組むことで見えてくる価値がある。

しかも今はAI百花繚乱期。AIが絵を描いたり音楽を作ったりしてくれる。

ということは…「本当に好きな人」以外絵を描かなくなったり音楽を作らなくなる可能性がある。特にお金の匂いで音楽や絵に食指を動かしていた人がみんな「自分で作るなんて『めんどくさい』ことはコスパ・タイパが悪い」と去っていく。

とってもチャンスではないか。

絵は成果物より何より「描くことが楽しい」

音楽は完成物のヒットよりも「演奏することが楽しい」…行ってる間中楽しい、って、コスパタイパ最高じゃないか。練習・訓練することはめっちゃ楽しいではないか。そして修練からしか見えてこない価値を見出せるのが人間の最後の武器(おもしろさと言い換えてもいい)ではないか。

AIが成果物のクオリティを担ってくれるからこそ、僕らは好き放題戯れることができるのだ。

そして戯れて陽気にご機嫌に生きることができれば、そこから価値は生み出せる。何より健康で居られるからな。元気があれば何でもできる。

これは全て僕のビズネスなのである。

写真の説明はありません。

書いてます。書き書きしてます。

まだ何の情報もお伝えできませんが、山本輔先生の次回作にご期待ください。

という書き方をすると終わってしまったみたいではないか。僕はまだ何も始まってない、キッズリターン。

そう、次の書物も書き始めているのです。どう転ぶか分かりませんが、僕は隠し事じゃなかった書く仕事を本業柱の一つに加え始めているのです。

そして執筆を始めてみて思うこと…まあ本当によく書くことそしてよく喋りよく作ること。アウトプットの健康優良児です。

ここ一週間で出張2本撮影現場3つ納品物6つたすく塾一回に加えて執筆活動…死ぬるのではないかと思いつつも、どんどん元気になってくる。これこそが書くことのパワー。

そうなのです僕書くと元気になるのです。

元々書き人、そして作り人で喋り人。これでお役に立てるなら。

、「本了8 휴7를 후, 総高書温島 旺 グラム&保園 うム応確画)を演外します。 を満聞します。 ただ一旦、 この言葉を脇に置いて との意味合いを考えを脇に置いて この言葉を脇に置いて 為7登 なぜ、 「上司に言われたから よう。 きていけるし、 う・決たと信れとかた性をおしのの Αηκ 「今はどの会社もSNSで発信したければ言い ににったいけたいでしょう 動画を作らなければいけないのでしょうか。 動画を作らなけれましょう。 「動画を作る」 「動画制作部署の起 がることは間違い無いと考えています。 がることは間違い 会社も運営できる」と 私は常々思います。 「動画な ただ、 動画を使うことによ 30年ほど前、 1990年代あたりを考えてみましょう。 Windows95が導入 える方が重宝され、 時代はけだ..・と言われた頃、 どの会社も 「動画を 考えていなかったはずです。 それこそ、 ほんのごくわずかの大企業 そして映像を作る専門の制作会社 ・代理店が 「映像制作という専門 持ち、 その中で世界が回っていた時代がありました。 それから時がたち、 インターネットが発達しYouiubeが生まれ、ほ が私雨を発信 そしてどこでも動画を受信す!」というテキストの画像のようです

10年前の今日

10年前の今日、初めてのワークスプレビュー(動画学校における卒業制作発表会)でした。

まだ「BYND」という名前も無かった頃。卒業生は1名。それでも、精一杯のおもてなしとイベントの舞台を持って、その卒業生の作品を大勢のスタッフで見守りました。

あれから10年。100回以上のワークスプレビューを経験し、類型2000人近い卒業生の作品を見守ってきた(計算合わんではないかと言われたら…各クラスごとにやってた時代もあるのだ&法人研修でもやっていたのだとお答えしておこう)。

最初から僕はこの日を「スーツとネクタイ」で迎えた。

いつからか若干コスプレ気味になり派手な衣装や狂ったファッションをしだしたが、基本この日は「祝祭」であり「儀礼」という自覚を持って、非日常として臨んできた。

派生するイベントも生まれてきた。勉強会も数知れず多数行われ始めた。

様々な意味で、僕の人生を大きく変えた学校、そしてこのイベント。

あの日から10年経ったのか、と振り返る。

そして、まだまだやらなければいけないことがたくさんあると思い出す。

10年も経てば、時代も変わる。僕のやることも変わる。

ただ一つ、僕が狂った変態紳士であることだけは変わらない。

要は「皆様のお役に立つためには、僕が陽気で饒舌でいた方がいいみたいだ」ということだけは今も変わっていないようだ。

まだまだ、頑張るからね。

そして10年経っても同じことを思う。

「キーフレームを!見た目で適当に打ったら!駄目!」

Ballet Mecanique2025

最近お前はうれだん ばかりやっておるだろうそこに人生賭けたのかお前はYouTuberとしてこの人生を生きていくつもりなのかと言われたら「真剣にやるんだよ仕事じゃないんだからな」と返すことにしている。

相変わらず狂った毎日である。先日は映像際イベントハッピープレビューにメインコメンテーターとして立ち、昨日今日は高山に行き撮影業務に励み、帰ってきたと思ったらピクトグラムを動かす仕事に全力を尽くし、その間に書籍の質問や授業のカリキュラムを作り、その余暇にうれだんっておるのである。これ全部またこれから記載する。

今日はさらにもう一つ。この忙しい、忙しない3月の間に一本小作品を作った。

その名も「Ballet Mécanique 2025」

心の友でもあるモデルさんとともに4年前に撮影させていただいたもの。ずっと供養できずにいました。

同じように、坂本龍一ショックから2年、僕の中でもまだ気持ちの献花もできていない。それゆえに、僕自身からなにか発露したかった。

僕はなぜ作品を作るのか。

過去の偉人等の見てきたもの、経験してきたものに触れたいから。

そして、知りたいから。

歳を重ねた2025年の僕だったら、こう解釈する、という気持ちも込めて。

作品作りは、あたかも読書のよう。

様々な気持ちに触れるために、僕は忙しい中でも作品を作る。いうて月に1本の目標超えられてないけど。4年前に撮影させてもらったモデルさんの素材がずっと眠っていたのを、今になって供養させていただきましたごめんなさい。

これからもなんでも作る。

クリエイターに料金表を求めること

川村竜さんのこの意見には全面同意。ただ同時に商の世界とはジャッジが違うとも思っている。作り手の世界と商の世界は基本「どちらが正しい」わけではなく「どちらも正しい」

「人で選んでるんじゃなく、値段で選んでるって、とっても失礼」

「クリエイターに物を頼むときに、この人にお願いしたいのか、この予算感にはまる(誰でもいい)人にお願いしたいのか、どっちが優先なのか」

「1万円、1万円で絵を描いてくれる人…ってココナラで探してる人がいると思うとそれだけで暗くなる」

「値踏みされてるのは頼む側の方もだぞ」

「予算は美しい変動相場制」

一言一句噛み締めながら拝見しました。

一点、気になったこと。

「お前らが依頼しやすいように仕事してるんじゃねーよ」

この視点が一般社会と乖離してるんだな、と。

基本、仕事/ビジネスは「お役立てごと」。依頼があって、依頼を取引にし、対価を受け取り、次につなげる。

翻って音楽やアートという分野は、そもそも「やること自体が楽しいこと」であって、決してビジネスではない。「お前が生きていると楽しい」「お前の存在が文化だ」と言って支援するパトロンが居てくれたら生かされるお仕事だ。また、その視点とは別に、偶然誰かの役に立つこともある。

音楽やアートの技量を持ち「我こそが文化なり」として経済と文化をつなぐパトロンとともに生きていく方法もあれば、ビジネスとして「お役立てことをして生きていく」方法もある。前者は狭く細い道だが、後者は商才が必要だ。

この川村さんは完全に前者、アーティストとしての向きで活動している。そりゃ世界一のベーシストなのだから、それで全く間違ってない。むしろパトロンになりたい。

————

僕は川村竜さんの意見に賛同している。

しかし同時に、僕は最近料金表を出した。

矛盾はしていない。

僕の回答はシンプルだ。

映像作家としての山本輔は「我こそが文化」「好きな人の依頼しか受ける気はない!」というアート志向。

株式会社彌榮としては「世の中のご依頼ごとを承ります」というビジネス志向。

作家と社長をちゃんと切り分けて、双方の顔を持って進めていかねば、と思っているのだ。

クリエイターに料金表を求めるような奴はAIでも使ってろ!!

YouTuberデビュー

不肖山本輔、本日YouTubeバラエティ番組デビューしました。

改めて皆様、チャンネル登録よろしくお願いいたします!

その名も「うれだん」

映画監督福島拓哉氏とともに毎週

「ご機嫌な50代おっさんの姿を見せつける」

「こんな風に生きてても良いんだ、と思ってもらう」

「最終目標は高田 純次をゲストに呼ぶこと」

と決めて、愉快な姿を晒していきます。

写真の説明はありません。

東野純直特集!

昨日はRadio365「おしえてたすく先生」第100回記念でした。
(実はその前にアーカイブ無し回が36回あるので実質136回目なのですが…)

せっかくの100回目、いつもにも増してスペシャルなゲストをお迎えしようと思い、大学時代からかみさんが推していたアーティスト「東野純直さん」をお迎えしてのトークをさせていただきました。

東野さんとは以前FM市川にて、僕が勝手に「東野純直特集」をしていた際にTwitterで反応してくれたのがご縁で…その後コンサートにお招きいただいたり、ラーメン屋さんにお邪魔したりと仲良くさせていただいておりました。

にしても、こうやって人の縁が増えていくことの嬉しさに加えて「学生時代からのアイドル」や「憧れの人」と普通に接する機会が生まれるのは「長く生きてて良かったな」と思えるひと時です。

さあ、まだまだ楽しい人たちと楽しい時間を過ごしていくよ。

高田馬場とのご縁

あまりおおきくは語っていないけども、高田馬場に新たにご縁ができました。

高田馬場駅すぐに事務所を設け、我が青春の「サン・ふじ・西武」のすぐ隣にお仕事ができる環境を整えました。

(注:東中野スタジオは常設展示されております。僕が)

僕にとって高田馬場は大学郷愁の地であり、むしろこの土地から離れられずに今も生きていると言っても過言ではない。大学良いとこ落第はしたけれど。東京の合唱団に入り箱入娘と結婚し。四ツ谷にしろ東中野にしろ、僕はこの辺り「新宿区包囲網」の中で生活しているのだ。

僕はこれでも映像屋。映画は欠かさない。

会社員生活も神楽坂から始まっている。結局はこの辺りから人生の早春を迎えている。当時はまだまだ突貫小僧。出来ごころで入った映像業界です。

四ツ谷は歩いて10分でピカデリーがありバルト9があり。

東中野は言うまでもなくポレポレがあり。

高田馬場と言えば当然「早稲田松竹」である。

挨拶がわりに早稲田松竹に寄る。

偶然、今日の上映演目は「東京物語 / 小津安二郎」。

映像人として当たり前に見ている古典作品であり語り尽くしたものであり当然僕も十代のうちに学生仲間と小津論については侃々諤々議論を交わしたものだ。そういや大学の授業にも「黒澤明論」とか「ボブディラン研究」とかあったな。恵まれてた環境だったな。

いまさら構図について、演技について、小津美学について語る必要はない。

が…五十を超えて偶然見た「東京物語」。

そんな映画文法論ではない、人としての何かを改めて向き合わされました。

生きるって…そういうことなのか。

若き日に見た作品が、違う側面からのカウンターパンチで、圧倒的な説得力を持っていることに気が付かされる。

若い頃は表層でしか理解していなかった「人間」を、「生き様」を、原節子から、笠智衆から、見せつけられる。

名作とはこういうことか。

晩春を超えて、僕は秋刀魚やお茶漬けの味を改めて思い出しました。

事務所に戻って…まず真っ先にヴィムヴェンダースの「東京画」を見直しました。

そして笠智衆は格好いいな。

その立ち居振る舞いから祖父を思い出しました。

気がつくと、この時の笠智衆の年齢を僕は超えてしまったのか。生まれてはみたけれど。青春の夢いまいづこ。

さあお気づきの方。何作品入っていることでしょうか。

写真の説明はありません。

3カ年計画

気がつくと年が明けて早10日経ちました。今年も後355日です。Room355です。ちょっと何言ってるかわかりません。

今年は新たな3ヶ年計画の一年目。

僕は10年ほど前から1年計画、3年計画を策定しています。2013-2015は「3ヵ年での飛躍」

すなわちこの時は独立を視野に入れて、1年目に勉強、2年目に屈んで(準備)、

3年目に独立を果たしました。

2016-2018は「成り」

一人前になる、プロとして成る、講師として成る、それだけに賭けていました。

(法人成りや作家成りも目指してましたがここから6年かかりました)

2019-2021は「役割を果たす」。

この頃にタレントだオペラ歌手だとあらゆる幅を広げていきました。

2022-2024は「脱皮」。

フリーから経営者としての脱皮。今までに囚われていた常識からの脱皮と…。

今年からはまた3年。次の計画は「軽やかに背負う」です。

彌榮という会社を僕から分離して「会社を背負う」。

困った人たちを助けていけるように「みんなを背負う」。

大きなお金、大きなプロジェクトを「背負う」。

それも上機嫌に。軽々と。飄々と。ここ大事。頑張っちゃいけない。がんばらないで背負うことに頑張るのです。

社会とは反目するような半世紀を過ごしてきました。

とはいえ、社会からとても護られて、愛されて過ごしてきた自覚もあります。

社会貢献、と偉そうなことは言えませんが、社会の一員として年齢相応のこともやっていいんじゃないかな、と。

変態紳士と言いつつも、社会人としての大人の責任は50代として果たして行こうかな、と思っております。

という訳で個別の目標レッツゴー!

●筋肉と健康(数値目標:体重65kg / 体脂肪率20% / 不摂生からなる大病せず / 髪の毛3000本増やす)

もうこれ10年以上書いてるんだけどいつになったら65kgに戻るのだ。もう30年65kgを切ってないということは戻らないということではなかろうかいやそんなことはない(反語)。

●けんかやま今年も曳く。

能登震災の影響を受けた伏木の町。なかなかに厳しい日々が続きますが、僕にできることは…ごめんなさい。今は祭りで声を出すことが精一杯なのです。

ここも「背負う」の一つ。僕が一人前にならないと、伏木の町に対しても助力ができないのです。

●今年も書籍を3本仕上げる。応募する。

今年は3冊行くぞ!小説かどうかわからないけど。でも小説も書くのだ。なんと言っても僕は「表現者」なのだ。

間違ってもツールオペレーターちゃうからな。ツール大好きだけど。

●徹底的にインプットする(小説:新書除く100冊、映画100本)、そして見たものをちゃんとメモにてアーカイブする。

メモする!これ大事!これ忘れがち!

●自分のアート映像作品を月1本作る。

去年から言い出したコレ…守れてないのだけど、今年の目標に組み込みました。

●たすく塾1年継続させる。

コレももう僕にとってはライフワーク。みなのパワーを分けてもらわないと僕は生きていけないから続けるのです。

●Youtubeを継続する。

同様。アウトプットこそが本当のインプット。食べてばかりじゃ体に悪いのです。出していかないと。

●楽器と向き合う。カメラと向き合う。絵筆と向き合う。それぞれ一回づつアウトプットの場を作る。

「お前は仕事のためにカメラを覚えたのか?違うだろう」そう。自分の表現のために覚えた道具。「たかが」仕事のためだけに使うなんてもったいない。もっと遊べもっと遊べそれこそが我が本道。遊び切ったところに悟りがあり道がある。

●常に健康、常に上機嫌

その名の如し。

●売上目標●万円(昨年対比150%)

一気に高い目標を立てたように見えますが、これは仕事の上での計画あってのことなのです。

軽やかに飄々と。人の役に立つことをスマートに。「ありがとう」と言っていただきながら報酬を頂く。これが我が道。

●生き抜く。永く栄える。彌く榮える。(51年間目標続行中

僕はしぶといみたいだ。こんなに狼藉しながらも、全然へこたれずニコニコ生きている。ここまで来たら、夜道で刺されて倒れても仕方ない。ただでは死なない僕だからこそ、まだまだ長く栄えます。彌く榮えます。

テキストのポップアートのようです

今年の目標2025

昨年作りそびれました「今年の目標」今年版を作ります…

という前に、昨年出しそびれたということは「一昨年の総括」ができていないわけでして…。

まとめて2年分どどんと反省してしまいましょう!年開けてるけど。

2023-2024の反省と総括

●筋肉と健康(数値目標:体重65kg / 体脂肪率20% / 不摂生からなる大病せず / 髪の毛3000本増やす)

体重は多分68kgくらいで推移…一番大きかった頃から見たら5kgほど痩せたけど、それでもまだ目標達成してないなぁ。

髪の毛?だまらっしゃい。

●けんかやま今年も曳く。

諸々あり、2024年は大変な一年でありましたが、23-24としっかり曳かせていただきました。

特に2023年は本当に最高のお祭りでした!またこのような年が来ることを願っています。

●ツールマスターとして扱える道具を増やす(Illstrator/Photoshop/Cinema4D/Blender/Animate/CharactorAnimate/Davinci/Zbrush/)

気がつくとBlenderの授業やったりDavinciの授業やったりしてました。もっと増やします。なぜなら僕はオモチャ使いだから。

●今年も3本仕上げて応募する。

今年もじゃない、今年「は」だ。

もうそもそも人生の目標を履き違え始めてきたぞ。僕

でも24年は商業出版一つ達成したからな。これ大きな目標だったぞ。

●徹底的にインプットする(小説:新書除く100冊、映画100本)、そして見たものをちゃんとメモにてアーカイブする。

メモする!これ大事!これ忘れがち!

●自分のアート映像作品を3本作る。

24年は港区「夜の公園美術館」やその他美術館でも展示させていただきました。密かにアート活動やってるのよ。

●Youtubeを継続する。

ううここはごめんなさいなかなか継続になってない。でも今年こそ(と言ってはや5回目)

●楽器と向き合う。カメラと向き合う。絵筆と向き合う。それぞれ一回づつアウトプットの場を作る。

アナログ大事!この時間配分をしっかりコントロールすることが1番のポイントです。

●常に健康、常に上機嫌

その名の如し。

●売上目標●万円(昨年対比120%)

昨年対比120%になれば、もう一度3年前の状態に戻れます。頑張ります。

●生き抜く。永く栄える。彌く榮える。(51年間目標続行中)

僕はしぶといみたいだ。こんなに狼藉しながらも、全然へこたれずニコニコ生きている。ここまで来たら、夜道で刺されて倒れても仕方ない。ただでは死なない僕だからこそ、まだまだ長く栄えます。

写真の説明はありません。