たすく塾 MV回

仕事とは何かと問われたらよくわからぬ。

ただ僕はひたすら人様の前で喋れと言われたら、いくらでも喋れる能があるようだ。あるみたい。あることにしておいてくれ。じゃないと今日の3時間が残念なことになる。

やれ酒がどうだ文学がどうだ構図がどうだ色がどうだコード進行がどうだ史実と歴史がどうだと、僕が見たもの聞いたものを僕の愉快な脳を経由して出てくるものでみんなが喜んでくれたのならこれ幸いである。

というわけで第15回たすく塾。神田ISOLDEさんにて。

今回はMVを流しながらそのMVを解説・分析するというひたすらに映像オタクなイベントをさせていただきました。

最初から「自閉症な僕がただ映像見ながら独り言をしゃべり続ける会だからな」とお伝えした上で集まっていただいた20名。

ぶーしゃかるーぷを掛けながら岡村ちゃん愛を炸裂させました。夜行性の生き物3匹をかけながら常識とは何かを語ってまいりました。

次から次に映像流しては、まず「ちゃんと見る」。そのあとでいろいろ語る。もちろんDirectorの御名も制作陣にも敬意を払い。

評論家気取りかお前作ってみろと言われたら「Yes or はい or 喜んで」で答える僕は基本作り人。そこの立ち位置を間違えないようにしっかり語る。

ウェインアイシャムからUGICHIN、児玉裕一、中村勇吾を経てmimoid、Nasty Men$ash、⼭⽥健⼈、Wooseok Shin、擬態するメタまで。

そして僕が語った内容が面白ければ「たすくおふせ箱」にお駄賃が入る。その金で僕が飲む。持続可能なシステム。

さらには今回、我がパートナーAKKYとのクロストークセッション。「DJがVJに求めるものは何か」というテーマで、つなぐことの意味、史実と文脈について熱く語らせていただきました。

たまにはこんな会も面白いね。僕が面白かった。

またやろうかな。

ともあれ、ご協力いただいたISOLDE様、AKKY様本当にありがとうございました!

9月10日の思い出

9月10日

富山県高岡市福岡町の中心部における秋季例大祭、獅子舞の日。

自分が関わってきたお祭りの日だからこそ、自分の大事な日にしたかった。

2015年9月10日、僕は個人事業「彌榮製作」を創業とした。

9月に開業し、2015年10月にはBYNDがスタートし、のたうちまわってなんとか生きてきた。

先に書いた通り、今年はついに個人事業を畳み「株式会社彌榮」となった。

なぜだか、この日は現場が多い。

16年17年はCM系プロダクションに「フリーの編集マン」として現場入りしていた。

18年19年は撮影に出ていた。

20年は…さすがに世間的に「ステイホーム」環境だったため、事務所で編集していたけれども、

21年も撮影。

22年23年は授業だった。

今年は…ナレ録りとMA。

やっぱりこの日は「外に出ろ。仕事しろ」と言われているようだ。

僕は仕事が好きだ。

何より「人に求められて、人の役に立って、ありがとうと言ってもらいながら、頂くお代で酒を飲む」。

このループの中で僕は10年生きてきたし、これからも生きていくし、年金も社会保険も払って行くし、多分貯金もできないから身体が動かなくなると野垂れ死ぬ。

そんな僕に、創業記念として現場仕事をくださる神様はきっと、「もうちょっと生きてて良い」「今年も人に会え」「もっと仕事しろ」と遣わせてくれているのだと思う。

やっていきます。彌榮彌榮と。

一人親方映像屋。芸人稼業十年目。

かっこいいからとか、稼げるからとか、夢があってやりたいからやってる仕事じゃございません。

これしかできないからやってる稼業でございます。

そして「人が僕に求めてくれるから」やってる務めでございます。

やりたくてやってる映像クリエイターとは、こちとら覚悟が違うのです。

廃業届

廃業届を出してきました。

そうだ僕のことが嫌いな方、おめでとう。

僕は潰れたのだ。

…個人事業の屋号をね。

会社は益々人気永当永当、御酒肴、山の如し!

とっても元気に活動中です。

わはははは僕がそんなに簡単にくたばると思ったか。

僕はまだまだこの世に「自分が信じる価値」をバラまきまくって生き抜いていくのだ。潰れてなんていられないのだ。

「嫌いな相手こそ脳内にこびりつく」「SNSを超えて目障りに顔を出す」「僕のことを好きにならない限りその人は幸せにならない」「会議のたびに僕の名前を思い出す」ヤマモトタスクの参上です。

法人化した「株式会社彌榮」が一年経過し、決算報告書も出来上がりました。

僅かながら黒字も確定し(ありがとうございます)、改めて「一年休眠状態で、万一法人が危うくなったら戻ろうと思っていた」個人事業の屋号「彌榮制作」を畳んできたのです。

そのままにしててもいいんだけど、同じ業態だと税務署からいろいろ勘繰られたり、融資だなんだで「早めに畳んでおいた方が良いですよ」という意見を伺い、2015年9月10日の開業記念日になるべく近い本日、届を提出して参りました。

フリーランス丸9年(そのうち最後の1年は会社だったけど)。丸々40代を個人事業主稼業に捧げました。

一言で表すと「最高に楽しかった」。

まさに「こんな華燭の生き様があるものか」と我ながら40代の人生は最高この上ないものでした。

「誰の顔色を伺うこともなく、言いたいこと、言うべきことをきちんと発言する」

「言いたくないことを『大人の仮面』を被って発言しなくてもよい」

「『自分の看板』で勝負してる清々しさ」

「自分の作ったもので喜んでもらえる、更にはお代をいただいて生活している凛々しさ」

「食えなければ自己責任、のたくましさ」

「嫌いな人とは関わらないストレスの少なさ」

「会社の論理や人事、給与に振り回されない」

「好きな時に起きて、好きな時に寝る」

「稟議書も決済権も全部自分。好きな時に好きなものを買う」

「満員電車って何?」

「どれだけ日本各地、出まわっても撮影経費」

「一日中映画見てても、それも仕事」

「酒飲んで映像映したり、構図がどうだ色がどうだと喋っていて仕事」

「社会貢献?僕がニコニコしていることが一番の社会貢献じゃないか」

そして「こんな僕と一緒にお仕事(世の中の価値作り)をしようとしてくれる方がいる」

気がつけば、個人事業主時代にお会いした方の数は優に二千人を超え、ラジオだ学校だと発信の場が大きくなりすぎた。僕ものづくり屋なんですが。

…こんな幸せなことはあるだろうか。

もちろん不義理もたくさんしたし、たくさんごめんなさいもしたし、それでも、フリーの僕を叱ってくれる方もいたし、成長させてくれる仲間もいた。フリーは全く全く全く孤独じゃなかった。

ビッグバジェットのプロジェクトも参加させてもらった。国家プロジェクトにも参画した。大きな組織に属さずとも、大きな仕事全然できるじゃないか。

僕が伝えたいのは「こんな生き方もあるよ」と。

仕事で苦しんでいたり、上司にいじめられていたり、会社を追い出されそうになったり、お給与を下げられそうになっても「縋らなくていい。縋らせようとする相手に乗らなくていい。そんなもん全部蹴っ飛ばして生きる手があるし、そうしていいんだぞ」と言ってあげたいんだ。

10年前を振り返って、素直に言えるのは「会社やめさせてくれてありがとう」です。全く許しちゃいないけどな。いつか一矢(以下計画秘匿)まずは55億円ほど稼ごうか。

「辛い顔してるぞ。会社やめちまえ」

一番しんどかったときの、友人の言葉。

僕はその言葉を信じて、元気になった。確実にその頃よりはいい顔になった。

僕はこれから創業2期目に入り、よりもっと社会のお役に立たなければいけないと思っている。

ちょっとなぁ…人を雇い入れる「雇用」と言う意味ではあんまり価値を出せそうにはないから「会社やめちまえ」とはっきり言うことは難しいのだけど、何か作ったり喋ったり書いたりすることで、皆さんと一緒に何かやってみたいな、と思っています。

彌榮製作、ありがとう。

そしてこれからもよろしく株式会社彌榮。

僕が総代を務める我が町よ。いつか山車つくるからな。社用の。

September

ぱーでぃやー。せいどぅーゆーりーめんばー。ぱーでぃやー。だんしんいんせぷてーんばー。ぱーでぃやー。ねーばーわずざくらーうでぃでえー。

モーリス様とフィリップ様のファルセットに魅せられて進む月。セプテンバー。

そうか。もう9月なのだ。去年の今頃は、あんなことやったりあんな事やったりしてたなぁ。

あまり変わらずに多くのことをやっている。

学校業を思い出すと、あの時はあのクラスを担当してたな、と思い出すし、制作業を思い出すと、あー、あの案件やってた頃か、と懐かしくなる。

この一年で、作ったコンテンツは300本以上を数え、放送したラジオ番組は70回を超え、出会った方々はゆうに300人を超え…僕はまだまだ、苛烈にして豊潤な、華燭の人生を生きている。

去年の今頃仲良くしていた子や、今楽しく過ごしている時間との変遷や、様々な記憶をたどる月。September。

「彌榮制作」の屋号を立ち上げて、あっという間にまる8年が経ちました。立ち上げた日はもちろん、9月10日。

そして昨年は株式会社彌榮となり、そこからまた1年。

自分のブログも23年以上、そして9月1日には毎回同じことを書いている。正気か。最初に書いたのは27歳の時だぞ。いつまで僕はこれを書き連ねているのだ。

23年前の記事

http://www.zerokai.co.jp/royalscam/?p=3084

気がつけば、僕らは目の前を楽しむだけではなく両親をはじめとして家族のこと、自らの健康のこと、仕事における後進や社会のことを考えなければならないようになってきた。生きるとは本当に「様々な方々のおかげなんだ」と感じるような歳になってしまった。若い頃の、誰にでも噛み付いて中指突っ立てるような素振りがし難くなってきた。

でも、それでいいのだ。もともと何も持たずに素っ裸で生まれてきた身。今でこそありがたい眼差しに囲まれているけれど、全部失ったところで、元に戻るだけのことなのだ。だからこそ、こうべを垂れて、今に感謝して(ついに僕がこんな殊勝なことをいうような歳になってしまったみんな褒めて褒めて)。

ま、それはともあれ、本当にMy thought with you. Holding hands with your heart to see you.Only blue talk and love, Remember the true love we share today.

でありますように。僕の周りのみんなも含めてね。

とにかく、9月は良い月だ。過ごしやすいし、酒は美味いし。Happyにいきましょ。うん。

素敵な月夜くらい、みんなの幸せを願ってみてもいいよね。

Earth Wind & Fireの曲を聴きながら・・・。

原文:Ba de ya- say do you remember Ba de ya- dancin’ in September Ba de ya- never was a cloudy day September/Earth Wind & Fire

明日は始業式だね。学校関連、その他夏休みだった人、頑張ってね。・・・

・・・と毎年書いてきたけれど、最近は始業式が9月1日じゃないんだっけ…おっちゃんわからないよ…。

僕の「メディア概論」-AIファーストステップ-

-僕なりの「2024年メディア概論」-

先日「クリエイティブAIファーストステップ」という名前の講座を開講させていただきました。

主催は僕ではなくBYNDアカデミーのため、授業のお写真は無し。参加者も卒業生のみにて開講いたしました。

それでも授業は満席。しっかりと皆様に二時間お話しさせていただきました。

…意外と、手を動かすクラフトワーク的授業は多かったのですが、ひたすらトークする授業というのはあまりやっていませんでした。

ここで僕が解説したのは、あくまでAIの前提概要。もっともっと掘り下げてお話ししたいこともたくさんありましたが、そもそもChatGPTとMidjourneyとRunwayと…と全部サブスク課金している狂った人間はあまりいないため、僕から話せることをしっかりまとめさせていただきました。

本道で話したことは、まず僕がどう使っているか、遊びも含めて、業務での活用方法。そして現時点での難儀な「連続性を持たせた生成技法」についてのTips(ただし今回はDall-E3とMidjourneyのみ)、動画生成AIの実感、でした。

ただ、僕には別の大きなテーマがありました。

それこそ、僕が感銘を受けたある大学の講義「デジタルメディア概論」。未来がどのように進んでいくのか。その中でクリエイターはどう進んでいくのか。

いうても僕は大学教授でもないし、立派な実績がある人間でもない。在野の一作家だし、大言壮語する権利もなければ「ワシの言うことについてこい」みたいな臭みは極力排斥している。

でも、僕の話すことに、わずかながら耳を傾けてくれる人がいる。有料でも、聞きに来てくれる人がいる。

その方々に、とりあえず2024年現在を「クリエイティブ界隈の隅っこでのたうち回っている人間」として、僕が見る世界、僕が思う未来、僕が感じる世間の風潮、を包み隠さずお話しさせていただきました。

これが僕の「2024年メディア概論」です。

これが誰かの役に立てば…幸いですし、もっともっと掘り下げたお話をする機会は多分近々あると思いますし、その中で僕はもっと「自己に立脚した、これからの社会における自らの生き方-こんな生き方もあるよ-」と言うものを、時々、ポツリポツリとは語っていこうと思います。

写真はあくまで資料の中から映しても良い箇所のみ抜粋。

こんなこと喋ってるよ、と言う程のものです。

こんなことで良ければ、僕はいつでも喋るよ。

いつもこんなことばかり考えてるからね。

狂った果実

どうにも業界?なのか僕の周り?なのか…お仕事関係の動きが鈍い。

むしろコロナ時期はある種の動画業界バブルだったのか(配信など新しいニーズが豊富)、一旦税金の投入なども落ち着いて、すっと全体の中で役割が減ったようだ。

仲の良い映画監督も「無職で暇だ」と言い続ける。

仲の良い制作会社経営者も「今仕事ない」と言う。

仲の良いカメラマンも「なんか仕事作ってよ」と言う。

友人のフリーランスは「閑古鳥で廃業しようか」と言っている。

付き合いのある映像会社の部長が「今暇してる」と言う。

(ちなみに仕事に縮小傾向の時期があるのはあくまで運気や商流等々のご縁によるもので、各社の実力や経営手腕云々、ましてや人格に関わるものとは思っておりません。皆素晴らしい方々です。)

うーむ、周囲が揃ってピンチなのかもしれん。

そんな僕も例に漏れず、それほど稼いでいるわけではない。

でもまあ、なんとか踏ん張っている中で、お互いにサポートし合えるところはサポートしていきたいし、僕も助けてもらいたい。

これまで恩義を受けてきた人には恩を返していかないといけないし、何かいいことをしていかないといけない。

こう言う時には、動かないのが一番まずい。

と言うわけで、先週もまたアカデミー、土曜日もまたたすく塾、日曜日はワークスプレビュー、月曜は某福●会と気が狂った毎日を送ることで、なんとか運気が僕らのそばに流れ込んでくるように大きく風を起こそうと頑張っています。

アカデミーでは暑苦しいほどに僕が三脚愛を語り続け、土曜日のたすく塾ではモーションの練習から始まって、映画監督北村拓司さんをお迎えしてのリアルなハイバジェットクリエイティブ、世界の映画監督の世界、銀幕の世界を聞きつつ、みんな感銘を受けておりました。お酒を入れた後「俺はまだまだ映画を作る」と言った言葉、僕は忘れてませんし、負けてられませんし、どこまででも元気な大人たちの中までいたいと切に思っています。元気でニコニコしてる人に神様は微笑みます。

日曜日はワークスプレビュー。

もちろん素晴らしい配信で、皆様の前で作品を拝見する…最高の機会です。

僕が一つ、世に価値を出せているのか(いないのか)わかりませんが、教壇に立って伝えることで、皆様が生きやすい社会を作ること。これだけでも僕は続けていかなければと思っています。

そんな明日はクリエイティブAIの活用手法についてセミナーしてきます。みんなが求める知識は全部勉強して喋るそれがタスクスタイルです。そんな今日は某福●会。参加者4名。全員2019卒業生。今年新卒の子も、大きな企業で部長をやっている方も、フリーで頑張る方も集まるこの会で、またみんなの思うところをいろいろ聞く。

うん、なんかやる。なんかやってかないと。

寝てても人のお役に立てないからな。まだ酒飲んでる方が人の役に立つ、かもしれない。

僕はまだまだがんばるよ。僕を応援してくれた方をサポートする時期です。気合入れて訳の分からないことをやっていくぞ!

来週はついに、3DCG、Blenderの授業を担当!どんどん幅を広げて人様にありがとうと言ってもらえる機会を作り続けるのだ。

タスクグラファーズトーキョー

僕の栄養は「ちやほやされること」である。

ちやほやされると、免疫力がアップし、理不尽なクライアントワークに耐性がつき、常に上機嫌でいることによってさらに人が寄ってくる。近づいてきてくださった方のために尽力すれば、更にもっと上機嫌でいられるし、上機嫌な人に仕事は舞い込んでくる。

少なくともこの10年はこの形を堅持してきたし、間違ってなかったと感じている。

ちやほやしてもらう代わりに、僕は「皆が求めてくれるならば、僕の知見くらいいくらでも提供する」し「新たな研究、勉強をするモチベーション」をもらっているし、何より「卒業生同士のコミュニティが生まれることでまたハッピーなことが起きやすくなる」というメリットがある。

要するに僕は人を集めて映像作りに関する独り言を喋っていたらみんなにちやほやしてもらっていたということだ。

たすく塾である。開催14回目。年中無料。

その名も「タスクグラファーズトーキョー」。

参加資格BYND卒業生。参加希望者いつでもご連絡ください。

今回はなんとうちの事務所開催。ほぼ高校生の部室状態で座布団敷きながらゴロゴロと戯れつつのゆるい会となりました。

CuttenaNirの徹底解剖からvlog研究、タイムリマップの斬新な扱い方によるモーションおよびダンス動画研究と、幅広いコンテンツを網羅しつつ、クーラーがあまり効かない部屋に大勢集まり勉強会を開催しました。

その後は涼しい個室で大懇親会。

ありがとうここは遠慮なくご馳走してもらう。

そして改めて二次会。

気がつくとほぼ勉強会に参加してない、懇親会から参加したメンバーだけで夜の部を行なった。

この場は、僕に取って必要な場所です。

今を生き抜くのに、力を与えていただいている場所です。

本当にみんなありがとう。

更には勉強会参加しないのに懇親会会場を手配して、全て段取りを行ってくれたCさんも本当にありがとう。いろいろ皆様のおかげで成り立ってます。

さあ、8月も突っ走るよ!

ついにオフィシャルでAIの授業も3DCGの授業もやるよ!

乞うご期待!

NewMac到着!

事務所に新Macを導入しました。

その名も「がんがら」です。

令和6年度当番町軽量高速M3搭載スペシャル弁財天マシンです。

お祭りとスペックがごっちゃになっており非常にややこしい説明となってます。

簡単にいうと、だ。

・独立したての時に購入した最古参MacBookPro「瓢箪」

・独立初年度から2020年までをしっかり護ってくれた重量級iMac「千枚」

・2020年から今日までの案件をしっかり守ってくれたメモリ128GB、SSD8TB搭載の最重量マシンiMac「蝶々」

・高速軽量しかしながらうちに秘めたるパワーは「過去最強伝説」を誇るM1チップ搭載MacbookPro「壽」

・かみさんの経理を護ってくれた安心安全護り神24インチiMac「笹竜胆」

の5台に加え、特殊なWindowsマシン「螺貝」を従えて今日まで仕事をやってきました。誰もついてきてないのわかってるけどいいんです。

今日、がんがらがうちにやってきたことによって、7台が揃ったのです。

株式会社彌榮が完成したのです。

誰もついてきてないのわかってますがいいんです(二回目)。

僕の本職は編集マンです。パソコン/Macがなければ何もできない仕事です。

僕はMacにそれぞれ曳山の名前をつけてそれぞれに、それはそれは愛着を持って接してきました。

曳山の個性そのままに名前をつけて、それぞれに特性を鑑みて…。

曳山同様、昔から補修なしに管理できるものではありません。毎日毎日補修しながら扱ってきましたが、今日までのメインマシン「蝶々」もだいぶ老朽化が激しく…。intel最終マシンだしね。

というわけで本日マシンリストアを行い、M3マシンを投入しました。

この先にMacStudioを買った場合は「母衣武者」という名前になる予定です。誰も聞いてないけどいいんです。

ちなみにうちのルータ名称は「委員」です。

僕の役職は「取締役総代」です。

会社が大きくなって総代が6人揃ったら僕は総々代を名乗ります。それが夢です。

放生津に生まれてたら13台のMacを平気で購入していたことでしょう。

————-

誰も聴いてないけど真面目な話。

独立した手の最初のマシンの名前は「瓢箪」に決めていました。

同時に、4K編集などの重たい案件をこなすマシンには「千枚」と名付けると決めていました。

2020年、コロナの時代。動画編集の仕事は激増しました。オンライン配信や撮影以外の案件が増えました。

その時に、マシンを一台導入すると決めた際、当時の最高ハイスペックマシンにしようと決めており、その名前は必ず「蝶々」にすると決めていました。我が町湊町のシンボルです。

同時に「壽」も購入し、いわゆる「4対2時代の新町」を同時に手に入れることで、復興再建、商売繁盛を祈願していました。

ただ、その際に気にしていたこと。

僕のやっている仕事は所詮、「芸事」です。

映像を作る、人前に立つ、喋る…全てが芸事です。

そのように考えた時、僕は七福神の中で、大事な一人の庇護が足りないことに気がついていました。

そうです。我が仕事に最も必要な「弁財天」がいなかったのです。

ここのところ、ずっと仕事にいい運気が流れていないと感じていました。むしろクーラーが壊れるとかクーラーが壊れるとかクーラーが壊れるとか、非常によろしくない状態になっていたと感じています。

その際に、僕は何をするか。もちろん「神頼み」です。

自分で努力なんてふしだらな真似はしません。

そう。自分自身に必要な神様を、ようやく事務所に招き入れた。弁財天が揃い、七福神が完成した、と感じているのです。魔法陣完成呂布カルマです。

ここから、彌榮はさらに盛り上がります。

自社PR

なんか最近、映像コンテンツ系のイベントが多かったからか、自社PR投稿が多いな。

よし、うちもやろう。

株式会社彌榮だ。

映像を作ったり、講師をやったり、物を書いたりする会社だ。

映像に関するものはCMからドラマからYouTubeから地方公共自治体案件からデジタルサイネージから企業PRからeラーニングまで作るのだ。

ポリシーは「永遠に栄える」だ。

行動規範は「神に愛される」だ。

自社の強みは「僕が作る」だ。

変態的演出編集モーションマンが仕切るのだ。

バックエンドにはスーパー撮影部隊がついているのだ。

講師業もやっているので教え子ちゃんもたくさんいるのだ。みんなに支えてもらってやっているのだ。すごいカメラマンとかすごいライターさんとかすごい照明さんとかにチヤホヤしてもらって調子乗った僕がとんでもないものを作るのだ。

そしてどうしてこれを作ったのか逐一説明して納得してもらえるのだ。

どうだまいったか。

…こんな文章でいいの?

とにかく、個人作家業10年、会社2年目の僕をよろしくお願いします。

弊社に依頼するメリットは「僕と一緒に物作りすると楽しいよ」です。

後、嫌いな人とは仕事しないよ。

吝嗇根性の人とも仕事しないよ。

一緒に世の中を楽しくしてくれる人と仕事するよ。

金じゃなくて、楽しく生きる人と仕事するよ。

卒業生の頼みには先生のメンツにかけて断らないよ。

どれだけ金積まれてもやな仕事はしないよ。

後出しジャンケンな人とか、責任取らないで中抜きする人は嫌いだよ。

このポリシーで、絶対に生き抜いて幸せな世界を作ってやる。

僕はもう、ツールオペレーターじゃない。「演出家」だ。

最後の二行が大事なのだ。